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ふに子のふにふにブログ

ふにふにしてる優柔不断なふに子が産後うつや産後クライシスについて呟いています。過去のことはLINEを読み解きながら少しずつ追記していきます。ご興味ある方はツイッターもしくはこちらのコメント欄にお願いします。

産後うつ 入院中のこと

出産後の入院は1週間。

 

翌日は麻酔のせいか動けなくてビックリした。

痛みはさほど困らなかったけれど、赤ちゃんにおっぱいをあげることがとても難しく、身体を横にすること自体がたいへんで、また赤ちゃんもふにゃふにゃすぎて、口元へおっぱいを持っていくことがこんなに難しいとは思わなかった。

助産師さんがサポートしてくれてやっと安心しておっぱいをあげられる感じだった。

右と左と両方交互にあげるとかこの時はまだ1回のおっぱいで右だけ。次のおっぱいで左だけ…という繰り返し。

赤ちゃんの吸う時間も終わりがわからず、30分以上吸っていたり…

でもそれで大丈夫と言われ、2日ほどはおっぱいの時だけ赤ちゃんが部屋に来た。

 

2日目は義母さんと義妹さんがお見舞いに来てくれた。まだハイテンションなのか、全然しんどくはなかった。喜んでくれてる姿は見てても産んで良かったと思った。

 

3日目以降は自力で歩いてトイレ。かなり必死に足を動かしても身体が支えられず、驚いた。

その補助をしていた夫が、この時、手術の大変さを実感し、帝王切開の怖さを感じたと後から聞いた。

 

その後も沐浴指導や記念写真撮影、友達の面会などなんだかんだと落ち着いて部屋にいる時間は少なかった。

 

ゆっくりしているのは夜くらい。

夜もさすがに4日目くらいからは赤ちゃんお部屋で同室しませんか?と助産師さんに言われたけれど、夜も連れて帰ってもらった。

泣いてて起きる自信がなかったのと、1人で赤ちゃんを寝かせて添い乳することが苦手だったから。

 

だから5日目くらいまでオムツを替えたこともなく、さすがに自宅に帰った時にわからないとマズイと思い、教えてもらった。

看護師さんに、えっ?まだオムツの替え方わからないの!?という雰囲気だったけど、わたしからすると、いつ教えてくれるんだろうと思っていたので、不思議だった。

 

入院中のお昼ご飯は食堂で最後の3日ほどは食べることになっていた。同じ日に生まれた子のママやその次の日と、翌々日とで6人のママがいた。

かなり面白いママが何人かいて、退院の時にはLINEグループまで出来て、しばらくの間は、不安や子育てのことはみんなで共有していた。

 

この入院の中で最もしんどかったのはうに子の名前を決める事。

元々検討してた名前は生まれた時間を加味すると姓名判断では良くなく、全く考えていなかった呼び名を考えなくてはいけなくなった。

毎日毎日、子供の名付け辞典をにらめっこし、ノートに記載し、夫と電話であーだこーだと言い、まったく決まらないので、お見舞いに来る人や、周りからも名前名前と急かされ、吐きそうなくらいしんどかった。

でもぱっと閃いた名前はこれだ!と思え、ふに夫にこれが良いから考えて!とお願いし、ふに夫もふに夫の義父さんも納得し、ようやく決定。

出生届は13日目というギリギリになった。

 

退院の2日前ほどから、自宅に帰った事を想定して、仕方なく夜も昼も母子同室で過ごした。

なかなか寝れないし、夜の添い乳も苦手で、夜も昼何度か助産師さんにヘルプしたりした。

こんな状況で帰って大丈夫かな…

少しふあんだったけど、まだまだハイテンションは続いていた。