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ふに子のふにふにブログ

ふにふにしてる優柔不断なふに子が産後うつや産後クライシスについて呟いています。過去のことはLINEを読み解きながら少しずつ追記していきます。ご興味ある方はツイッターもしくはこちらのコメント欄にお願いします。

言葉にする

父から、今後のことについて2人で話をしようと言われた。

 

そろそろ相談しなくちゃいけない時期かなと思っていたので、促してくれたのはとても助かった。

 

今はまだ主治医からもふに夫に会うのは早いと言われている。ただ、症状が落ち着くまで待つことで、関係が改善するかどうかは、今でもある程度判断はできる。

 

帰ったとして、今までのことも水に流して、一からやり直そうと、もし帰るならそうするしかないかなと思っている。

でもきっと流さない。

新生児の頃のことを今でも根に持っていることが今回わかった。

だからこそ、新生児の頃のことだけではなく、今回のわたしの病気から発生した行き違いなんかも、きっと彼も彼の家族も流せない。

 

父は、色々な話をぶつかって喧嘩して話ができるならば、また前に進めるかもしれないけれど、流してしまったらまた何かのきっかけで、病気の再発や生活の不自由が生まれると言っていた。

 

その当時からぶつかって喧嘩していれば、きっとこのようなことにはならなかった気がする。

もちろんタラレバの話は何も生まれないし、想像の範囲でしかない。

 

お互いの関係が居心地の良いものであるよう、ぶつかるのを避け、丸く収まるように意図してきた。

だから当然の結果だし、なるべくして起こったのかなと思う。

 

何かひとつの原因だけではないことはよくわこっている。だからこそ、何かのせいにすることもできず、自分のせいにして苦しんできたのは病気のせいだと今は思える。

でも相手は決して責任の所在を、自分ではないと、100%ないと否定してくるだろう…

1%もないと。

そしてきっと婚姻関係の破綻を100%わたしが悪いと言って、親権も奪いにくる。

 

今回の場合は99%こちらに親権がくると弁護士さんの話から聞いていても、怖い。

そして相手からたくさんの嫌な話が飛んでくるであろうことが、怖い。

 

そんなこと全てを含めて、やはり自宅に戻った方が良いのかもしれないと悩んでしまう。

 

正解なんてない。

正解なんてないんだけど、

正解を求めている自分がいる。

 

いつかはうに子と2人で生活する必要があると考えていると伝えた。

仕事のことも、父は気になっていたようだ。

病気のこともあって、働けるのか?と。

わたしは落ち着いたら働くのは当たり前だと思っていたので、父の質問は意外だった。

でも、確かにそんな話すらしていなかった。

 

たくさんのことを、聞きたい、わかりたい、知りたい、どうしたいのか、どうすればいいのか問いたいことを、全て聞かずに黙って待っていてくれた。

 

それを思うと、本当に本当にありがたい環境で療養させてもらったんだと、実感した。

 

一人前の大人になりきれていない自分に悔しさと、申し訳なさを感じる。

 

でも、色々考えていること、整理できてきている今聞いてくれたこと、とても嬉しかった。

ありがとう。

 

まだまだ道半ばだけど、もう少し甘えさせてもらいます。あと少し残骸みたいに残っている病気のカケラがなくなるまで、待ってね。

 

見ちゃった

見ないように、見ないようにして

アプリも消して

目に入らないようにしていたFacebook

 

たまたま明日パンを作りに行くのに、何が良いか探していた時、手ごねパン作りの集まりにたどり着いて、

参加してみたいな…と思って参加を押そうとしたらFacebookだと気付いた。

 

Facebookの通知にのらずに参加できないかな…と思って探してみようと思ったら、新しい投稿の通知が見えて…見てしまった。

 

勤めていた会社の先輩後輩、得意先の人、同級生…みんな変わらない。とても楽しそうで、充実している様子。

 

特に気になったのは、2人目を妊娠出産している報告。気になったというよりも、そういう報告がないか意識して探していた。

 

昔は子供は2人は欲しくて、できれば3人…なんて夢見てた。今は2人目なんて言える状況でもない。

 

羨ましく思いたかったのか

先を越されてる不安感を的中させたかったのか

幸せな家族に悔しく思いたかったのか

わからない。

 

とにかく、自分を傷つけるようなものを、探し続けた。

 

自分が不快に感じる

悲しく思う

そういうものは、見なければいいのに。

 

自虐的な自分は、自分に優しくない。

 

これからもやっぱりFacebookは封印かな。

自分が自分の気持ちに正直に、楽しく生きている!と自信を持って言えるようになるまで。

 

きっとそんな日がくると信じたい。

嫌いになれない

嫌いになれない。

 

ふに夫に対して…というのもあるけれど、全般的に人を嫌いになることがほとんどない。

 

んー…好きか、普通か、興味がないか…なのかもしれない。

深く傷つけられて憎む経験がないのかもしれない。

 

嫌いになれない…っておかしいのかな?と思って検索してみた。

そしたらとても納得できることが色々書いてあった。

 

『好きを認めることもできないか、認めたくない、けれどやっぱり好きで』

『嫌いになれたら楽なくらい、今苦しくて』

『ふたりに先はないことはわかっているけれど、別れを受け入れられなくて』

『嫌いになれたら前に進めるのに』

 

そんな気持ち。

でも嫌いになれたらと思っている時点で、好きなんだって。

嫌いになれたらと言う時点で、嫌いになれないんだって。

 

好きの反対が嫌いだと思っているから、

好きをできるだけゼロにしたくて、マイナスを増やしたいだけで、

 

でも好きの反対は実は無関心らしい。

 

確かに、いじめられている時も、嫌いなところを教えて欲しいと思って、友達に聞いたりしたけれど、特に嫌いな要素は出てこなくて

 

出てくるとしても、元気すぎる?うるさい?とかなんか要領を得なくて

 

無視されることがどれだけ辛いか、身にしみている。

 

だから、本当に別れを選択しなくてはいけないならば、

『好きだけど、手放します。』

『好きだけど、卒業します。』

そう心に思ってあげると良いと…

 

これも難しい。

でも自分の気持ちに正直になるってことがわたしにとっていちばん大切なこと。

自分を大切にしてこなかったから、

自分じゃなくひとの意見や考えばかり優先してきたから、たくさん失敗した。

 

自分の気持ちに正直になったからといって、誰かに伝えなくてはいけないわけではない。

 

わたしがそう理解していればいいこと。

わたしの気持ちが楽になる考え方ができればそれで良いということ。

 

結局、まだ同じ課題で終わった。

最近いつも考えたことの結論は、自分の気持ちを大切にするというところに落ち着く。

 

いかに自分を大切にすることが難しいか…

 

まだまだ修行途中です…

 

 

 

参考にしたサイトのツイッターリンクをコピーしました↓

なぜ、嫌いになれないの? http://nemotohiroyuki.jp/manwoman-psychology/7776 @nemotohiroyukiさんから

 

 

 

愛しすぎる女たち

あるうつに関する本を読んでいたらとても印象的な言葉を見つけた。

 

『彼の基本的な性格、価値観、行動のほとんとがあなたの神経をいらだたせるようになってもなおひたすら我慢している時、

そうして自分が魅力的でもっと彼を愛していれば、彼は変わってくれるはずだと考えるとき、

私たちは愛しすぎている。』

 

『彼との関係で、情緒が不安定になったり、肉体的な不調を自覚するようになった時、

間違いなく私たちは愛しすぎている。』

 

それが書かれた元となる本は“愛しすぎる女たち”という題名で翻訳されていて、取り寄せて読んでみた。

 

内容はアメリカで、しかも親や彼氏、夫がアルコール依存や麻薬依存の話が多く、あまり役に立たないかな…と思っていたら、そうでもなかった。

 

うつを発症していて、気づかず、それを治すために男性との関係に依存していることも多いと。

 

またうつの本を見ていた時と同じ回復のプロセスが、愛しすぎからの回復にも書いてあった。

 

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わたしは小学生の時に、いじめられ、クラスからはみ出たことがある。

それがきっかけとなって、人を観察し、人を不愉快にさせず、怒られず、無視されずにいられるように、自分を守って来た。

 

いつも、人が離れていくことが怖かった。

 

誰かと付き合うときにも、振られるのは怖くて、いつも自分から逃げていた。

 

結婚したふに夫とも、いつも怒られないよう、捨てられないよう、彼の居心地の良いよう、彼の意見や行動を最優先して考えていた。

 

子供ができて、余裕もなく、彼を優先することができず、

また、いちばん2人にとって愛しいはずの娘を、いちばんに考えてくれないことが、ショックだった。

 

そんな中にも、彼に対する恐怖心が拭えないまま生活していて、子育てを辛いと言えず、うつになってしまった。

それは自分が招いたことなのかもしれない。

 

今でも恐怖心が先立つ。

まずはやっぱり、自分を大切にするということ。

早く回復して、新しいスタートがきりたい。

 

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連絡

朝、うに子の保育園登園前に、義母さんから母に電話があった。

 

体調はどうか?

半年近く夫婦の会話がないのはおかしい

うに子のことが心配

いつ会えるのか…といったはなし

 

母は

体調はずいぶん良くなっていること

GW連絡をしようと思っていたが主治医からまだ早いと言われていること

会話がないのがおかしいのは誰が言っているのか

主治医からの話を中心に考えて貰えたら…ということ

実家の方に来てもらえれば会えることを伝えていた。

 

また連絡がくるだろうと。

こっちに来るのか、

会う方法を考えてくるのか、

別れることを伝えてくるのか

わからないけれど、

何かが動き出す。

 

わたしは願うしかない。

全てがまるく収まること。

今の生活を続けたいこと。

わたしとうに子のものが全て手元に届くこと。

 

わたしの病気が治ること。

 

みんなが前を向いて進めること。

 

全てうまくいきますように…

メンクリ受診28回目

GWあけて、特に大きく変化もなく…

やはりふに夫に連絡するのはもう少し元気になってから…という話だった。

 

バイクや車の姿が怖く

それが怖くなくなったら会っても大丈夫かもね、というはなし。

 

何を話し合うにしても、

間接的にしても、

相手の言い分を受け止める元気は必要。

 

直接じゃなかったら大丈夫と思ったりもしたけど確かに何を言われても受け止めて応えるのは自分。

 

早く解決したいと思っていたけれど

それはとても難しい。

 

爆笑

子供を産んでから、あまりテレビを見なくなった。2歳まであまりテレビを見せないようにと、小児科の掲示板に張り出されていたから…というのもあり、子供が見ない環境、イコール、テレビを付けない、テレビを見ない…という感じ。

 

ふと休日に付いていたテレビで、世界の果てまで行ってQのイモトさんの登山の特集をしていた。

 

とても過酷な旅に向かうなかでも笑いを忘れないところがとても面白くて久しぶりに爆笑していた。

 

すると、それを見ていたうに子が、大笑いしていた。

 

テレビを見て笑っているのではなく、爆笑しているわたしを見て笑っていた。

 

とてもびっくりした。

 

そんな姿、初めて見たから。

 

笑っていたら、笑うんだ。

 

でも今までそんなこと知らなかったし、できていなかった。

家族が笑って楽しく生活していたら、子供の環境も良いということが、ハッキリわかった。

そのぶん、普段いかに笑っていないか…

もちろん、あはは!と笑う感じ。

 

それが足りないと。

 

笑っている姿を見て嬉しかったし

久しぶりに爆笑できて楽しかった。

 

でも申し訳ない気持ちも。

 

主治医からも笑うことは必要だし、笑っていいと言われた。

確かに笑わなきゃいけない、

楽しい気持ちを共有するって大切。

 

もっともっと笑顔になれるよう、元気になるよう、病気治すね。

笑顔のママが良いよね。

ごめんね、うに子。

頑張るから待ってね。